顧客の「好き」という回答では、売上を予測しない(CEOブログ)

需要予測に、聞いてはいけない質問を使っていないか

事前調査で「この商品を好きですか」「購入したいですか」と聞き、その回答比率を需要予測の根拠にしている会社は多数あります。この方法には、はっきりした反証があります。

エモリー大学のGregory BernsとSara Mooreが2012年にJournal of Consumer Psychologyで発表した研究では、27人の10代に、当時ほぼ無名だったアーティストの楽曲を聴かせながらfMRIで脳の反応を測定しました。スキャンは2007年、その後2010年5月までの実売データと突き合わせています。

結果、本人が回答した「好き」の評価は、売上とまったく相関しませんでした。相関したのは報酬に関わる脳領域である側坐核の反応(相関係数0.32、有意水準1%未満)です。

脳スキャンを導入すべきという話ではありません。読み取るべきは、人は自分の反応を言語化する段階で何かを落としている、という点です。調査の回答は、実際の購買を説明する変数として弱い。

本稿では、消費の集中がなぜ起きるのかを行動経済学と進化生物学の研究から確認し、そこから自社の調査項目、KPI、投資判断、経営会議の運営をどう組み替えるかを扱います。エンタメの数字を使いますが、どの業種にも当てはまります。

供給が無限になった市場では、0.2%が半分を取る

Luminateの2025年年末レポートによると、配信サービス上の楽曲は2億5300万曲。1年で3790万曲増え、1日平均10万6000曲が追加されています。世界の年間ストリーミング再生は5.1兆回、前年比9.6%増でした。

年間再生回数の帯曲数位置づけ
10回以下1億2050万曲全体の約半分
100回未満全体の73%
1000回未満全体の88%
100万〜5000万回約54万1000曲全体の0.2%。全再生の49.4%を占める
10億回超29曲

在庫コストがゼロに近づいた市場で起きることを、この表は示しています。供給が増えても消費は0.2%に集中し、中間層が厚くなるのではなく、見られない層が厚くなる。

自社の商品別・SKU別・拠点別の売上構成で同じ集計を取ってください。上位0.2%と上位1%が売上の何割を占めているか、その比率の3年推移はどうか。比率が上がり続けているなら、品揃えを増やす投資は在庫の膨張に変わっています。

Music streaming platforms now host quarter of a BILLION tracks|Music Business Worldwide・2026年1月

「導入実績多数」が効く理由と、効かなくなる理由

集中の説明として最も適合するのが、1992年にBikhchandani、Hirshleifer、Welchが発表した情報カスケードのモデルです。

最初の数人は自分の判断材料だけで決めます。次の人は自分の材料と先行者の行動の両方を見ます。先行者の行動が示す情報量が自分の材料を上回った時点で、自分の材料を使うのをやめます。以降の全員が同じ選択をするため、新規参加者の情報は集計に追加されません。

このモデルの含意は二つあります。

一つは、営業資料の「導入実績◯◯社」が効く理由です。買い手は自社で評価するコストを払わずに済ませたいので、先行者の数を情報として使います。参加者が合理的だからこそ効きます。

もう一つは、その数字が実際にはほとんど情報を含んでいないという点です。1,000社の導入実績のうち、独自にきちんと評価して決めた会社は最初の数十社かもしれません。自社が買い手の側に立つとき、この点は重い。競合が全社導入している製品を、自社も評価を省いて導入していないかを確認してください。

投下資源と結果の相関は、思っているより弱い

2006年にSalganik、Dodds、WattsがScience誌に発表した実験は、同じ楽曲群を互いに独立した複数の並行世界に提示し、片方の条件だけ他の参加者のダウンロード数を見せたものです。

他者の行動が見える条件では、ヒットの不平等度と予測不可能性が同時に上がりました。

経営が読むべきは後者です。予測不可能性が上がるとは、投下資源と結果の相関が弱まるということです。広告費を積んでも結果の分散が広がる。品質は一定の水準に到達する確率を左右しますが、その水準を超えた後の伸び幅とは、ほとんど関係がありません。

過去の成功案件の投下額と結果を並べて相関を取ると、きれいな関係が見えます。それは失敗案件が資料から抜けているためです。宣伝予算の期待値を計算するときは、同じ規模を投下して届かなかった案件を分母に入れてください。

この行動は、人間の生き物としての性質に組み込まれている

同調を「教育や意識の問題」として扱うと対策を誤ります。研究が示しているのは、これが人間に固有の、しかも幼児期から出る性質だということです。

マックス・プランク進化人類学研究所のDaniel Haun、Yvonne Rekers、Michael Tomaselloが2014年にPsychological Scienceで発表した実験があります。

2歳児18人、チンパンジー12頭、オランウータン12頭に、三つの穴があいた箱を与えました。一つの穴だけご褒美が出ます。全員がまず自力で正解を見つけます。そのあと、同種の仲間が別の穴を使うところを見せました。

対象自分の正解を捨てて仲間に合わせた個体
2歳児18人中12人
チンパンジー12頭中2頭
オランウータン12頭中2頭

追試では、仲間が見ている場面でだけ子どもは乗り換え、仲間がいない場面では自分のやり方を続けました。自分で確かめた正解を、周囲に合わせるために捨てる行動は、人間に特有です。

Don't be an outsider!|Max-Planck-Gesellschaft・2014年11月

多数派とのずれは、脳が誤りとして処理する

Vasily Klucharevらが2009年にNeuron誌で発表したfMRI研究では、参加者に顔の魅力を評価させ、その後で集団の平均評価を見せました。

自分の評価が集団とずれていたとき、後帯状皮質前部と腹側線条体に、強化学習でいう予測誤差信号によく似た反応が出ました。期待した結果と実際がずれたときに出る信号です。この信号の大きさが、その後どれだけ評価を集団側に寄せるかを予測しました。同グループは2011年に経頭蓋磁気刺激を用いて、この領域が好みの変化に因果的に関わることも示しています。

この解釈には反論もあり、社会的同調と強化学習が同一の神経メカニズムだという証拠は明確ではないとする追試が2020年以降に出ています。ただし、多数派とのずれが処理コストの高い出来事だという点では複数の研究が一致しています。

さらに、Bernsらが2010年にNeuroImage誌で発表した研究では、10代が人気度の情報に合わせて曲の評価を変えるとき、前部島皮質と前帯状皮質の活動が上がりました。不安や不快と関連する領域です。

同調は快感の追求ではなく、不快の回避として起きている。ここは経営会議の運営に直結します。少数意見を述べる役員は、報酬を諦めているのではなく、不快を耐えています。耐えられる人の数には限りがあります。

同調の現れかたは一定ではない

上記の本能は全員が持っていますが、現れかたは環境で変わります。

Rod BondとPeter Smithが1996年にPsychological Bulletinで発表したメタ分析は、Aschの線分判断課題を用いた17か国133本の研究を集めたものです。同調は17か国すべてで観測されましたが、大きさには差があり、集団主義的とされる国のほうが高く出ました。また米国のデータでは1950年代以降、同調の水準が低下していました。

この結果の実務上の意味は明確です。同調をなくすことはできませんが、出方は制度で動かせます。多国籍で事業を持つ会社は、同じ会議の進め方が拠点によって別の結果を生む点も織り込む必要があります。

なぜ、この性質が有利だったのか

Robert BoydとPeter Richersonが1985年に定式化した「同調伝達」という考え方があります。多数派の行動を、その頻度以上の確率で採用する傾向です。

環境が場所や時代によって変わり、自力で調べるのに費用や危険が伴う世界では、集団で多くの人がやっている行動が正解である確率が高くなります。Joseph HenrichとRobert Boydが1998年に発表した分析では、同調伝達が有利になる条件は非常に幅広く、環境の情報の精度が低いときほど有利になることが示されました。

自社に置き換えると、業界標準に合わせる、競合と同じ設備を入れる、同業他社の給与水準に揃える、といった判断がこれに当たります。情報が乏しく検証コストが高い領域では、この判断は合理的です。

ただし、全員が真似をすると集団は得をしない

Alan Rogersが1988年に示した論点があります。

真似をする個体は、調べる費用を払わずに正解へ到達できるため、個人としては有利です。ところが真似をする個体の比率が上がると、誰も環境を調べなくなります。環境が変化したとき、集団全体が古い正解を持ち続けます。結果として、真似が広まっても集団の平均的な適応度は上がりません。

解決策として研究が示したのは、「いつ真似をするか」を切り替える能力でした。自力で調べるほうが正確で安いときは自力で調べ、そうでないときだけ真似をする。この条件分岐が働くと集団の平均は上がります。

経営に翻訳すると、業界慣行に従う領域と、自社で一次情報を取りに行く領域を、あらかじめ分けて決めておくということです。この線引きを明文化している会社は多くありません。

これからも有利か。前提条件を点検する

同調が正解率を上げるための前提を三つに分け、現在の状態を並べます。

前提成立していた条件現在
多数派の行動は多数の独立判断の集計である参照できる情報が周囲の実行動しかない成立していない。ランキングや実績数はカスケード後の数字
自力で調べるのは高くつく検証手段が乏しい領域による。価格・スペックは自力調査のほうが安く正確。体験価値は依然として不明
模倣者と探索者が適度に混ざっている探索する個体が一定数いる崩れつつある。年間再生1000回未満が88%という数字は、供給されたものが評価されないまま消えていることを示す

同調そのものは今後もなくなりません。脳の反応レベルで組み込まれているためです。ただし、参照している数字の質が落ちた分だけ、同調から得られる利得は下がっています。得だから続いているのではなく、得だった時代の仕組みが条件変化の後も動き続けている状態です。

自社の判断に当てはめると、「他社もやっているから」という根拠の価値は、以前より低くなっています。特に、その他社の判断もまた他社を見て決められている領域では、根拠として使えません。

需要を三層に分け、KPIを別建てにする

顧客を一枚岩で見ると打ち手が決まりません。

動機離脱の速さ管理対象
参加需要層会話に加われること自体が効用速い流入量を最大化する
借用需要層感度が高いと見られたい。自前の評価軸がない最も速い同上。敵視しない
変換コア層体験後に固有の愛着が生まれる遅い。二次消費に回る変換率を管理する

総売上や総会員数では、この三つが混ざって見えません。コア需要の代理指標として、次を既存KPIとは別建てで定義してください。

  • リピート購買率(初回購入から90日以降の再購入比率)
  • 上位商材・関連商材への移行率
  • 初回接触から90日以降の売上比率
  • 値上げ後の離脱率

この分離ができていない会社では、「うちには根強い顧客がいる」という主張が検証不能なまま残ります。実際には話題性で来た層が滞留しているだけ、という場合が相当あります。

投資判断から、個人の好き嫌いを外す

累積優位が働く市場では事前予測ができません。それにもかかわらず、案件評価の場には担当役員や代表者の好悪が入り込みます。しかも本人は自律的な判断だと考えているため、補正が効きません。

1950年に経済学者のHarvey Leibensteinが、他人が買うから買うバンドワゴン効果と、他人が買うから買わないスノッブ効果を同じ論文で定義しました。同じ論文に並べたのは、両者が同じ関数の符号違いだからです。

態度見落とすもの事業上の損失
追随型閾値到達前の案件の価値高値掴み。ピーク時に取得し、のれんの減損を招く
逆張り型閾値到達後の実力過小評価。伸びる案件を切り捨てる

業界歴の長い役員ほど逆張り側に振れます。対応は運用で解きます。評価シートに「自分がこれを好きか」の欄を独立して設け、総合点の計算式からは除外する。欄を作らずに排除しようとすると、市場性や実現可能性といった項目に紛れ込みます。記録したうえで重みをゼロにするのが確実です。

会議での同調を、制度で抑える

Klucharevらの結果を踏まえると、少数意見を述べる行為には神経レベルの負荷が伴います。人の姿勢に期待する対策は機能しません。次の三つは制度で実装できます。

  • 発言順を役職の下から上へ固定する。上位者が先に意見を述べた時点で、以降の発言は独立情報を失います
  • 会議前に各自の評価を記名なしで提出させ、集計してから議論を始める。この順序であれば、少なくとも初期値には独立判断が残ります
  • 反対役を持ち回りの役割として指定する。個人の性格ではなく職務として割り当てることで、負荷を分散できます

デューデリジェンスと契約形態への反映

予測不可能性が高い領域では、固定費を先に積む方式が不利になります。

方式外れたときの損失当たったときの上振れ
固定費先行(大規模宣伝、最低保証、一括買収)大きい取れる
段階的レベニューシェア限定的取れる
アーンアウト付き買収(一定の業績達成時に追加対価を支払う契約)限定的取れる
分割展開限定的後から規模を拡張できる

デューデリジェンスでは、対象事業の売上が閾値の前か後かを判定してください。閾値後の案件はのれん計上額が過大になりやすく、買収後に借用需要層が離脱すると、PMIの巧拙とは無関係に減損が出ます。判定材料は、自然流入の伸び率が広告投下量からどれだけ乖離しているか、リピート率が上昇局面にあるか低下局面にあるかの二つです。

シナリオ:流行しているジャンルへの投資

米国のカントリー市場を例に取ります。2026年8月8日付のBillboard Hot 100では、トップ5をカントリー曲が独占しました。同チャート68年の歴史で初めてです。首位のElla Langley「Choosin' Texas」は通算16週1位で、16週以上の1位は史上7曲だけです。

シナリオ内容判別する先行指標
Bestジャンルの主流化が定着し、複数年の需要が継続次作の初動が既存ヒットの露出に依存せず立ち上がるか。二次流通価格の水準
Most Likely記録は残るが、次作は初動でトップ10、持続力は明確に低下。中堅上位で安定アルバム単位の通し消費率、物理商品の販売比率
Worst流行が2027年に反転し、借用需要層がまとめて離脱ラジオ露出の減衰速度、旧譜の再生シェア低下

判定に使うのは順位ではなく右列です。順位は結果であって先行指標にはなりません。自社でも同じで、売上そのものを先行指標として扱っている会社は必ず一期遅れて反応します。

Ella Langley's 'Choosin' Texas' Scores 16th Week at No. 1 on Hot 100|Billboard・2026年8月

集中と同時に、中間価格帯が消えている

日本レコード協会の集計では、2025年の音楽ソフト生産金額は2157億円、前年比105%。アナログレコードは84億4100万円で前年比107%、5年連続のプラス成長となり、1988年以来37年ぶりに80億円を超えました。

米国でも、Taylor Swiftの『The Life of a Showgirl』は初週400万2000ユニットのうち347万9500が物理商品でした。全体の87%です。無料同然に聴ける環境で、あえて現物を買う層が347万人いる。

安い商品と平均的な商品が消え、無料または定額で消費する層と、高額を払う少数の層に分かれます。最初に失われるのは中間価格帯です。自社の価格帯別売上を3年分並べ、中間帯が縮んでいれば、対応は値下げではなく上位帯商品の新設になります。

2025年年間音楽ソフト生産実績公表〜前年比105%の2,157億円|一般社団法人日本レコード協会・2026年1月

リスクの指摘

第一に、流入した層を敵視する判断です。 「話題で来た客は本物ではない」という価値判断を事業判断に持ち込むと、ブランドを守るために新規流入を抑えるという結論が出ます。管理対象は流入量ではなく変換率だという立場を、社内で明文化してください。

第二に、自社だけは影響を受けていないという前提です。 顧客が他社を選ぶ理由を「流行に乗っているだけ」と説明し、自社が選ばれる理由を「品質を評価されているから」と説明する会社は多数あります。同じ現象に二つの説明を使い分けている時点で、その分析は使えません。自社の顧客のうち、他社の実績や評判を確認してから決めた比率を実測してください。

第三に、予測できないなら分析は無意味だという結論です。 本稿で引いた研究はいずれも予測の困難さを示しますが、導かれる結論は逆です。予測できないからこそ、外れたときの損失を限定する契約形態と、需要の質を測る指標が必要になります。

明日から検討できる論点

  • 需要予測に使っている調査項目を洗い出し、「好きか」「買いたいか」という意向質問への依存度を測る。行動指標への置き換え計画を立てる
  • 商品別売上の上位0.2%と上位1%の構成比を3年分並べ、比率が上昇していれば品揃え拡大の投資を止める判断材料にする
  • リピート購買率、上位商材への移行率、初回接触90日以降の売上比率を、既存KPIとは別に定義する
  • 業界慣行に従う領域と、自社で一次情報を取りに行く領域の線引きを文書化する。従う領域については、追随先の会社が何を根拠に決めたかを一度だけ確認する
  • 経営会議の発言順を役職の下から上へ固定し、事前の記名なし評価提出を次回から試行する
  • 案件評価シートに「個人的な好み」欄を独立設置し、総合点の計算式から除外する
  • 検討中のM&A案件について、対象事業が閾値の前か後かを判定し、閾値後であれば取得対価の分割またはアーンアウトへの組み替えを条件に加える