やらないことの代償と、やりすぎる危険。規制グレー市場での賭け方(CEOブログ)
■ 何もしないことも、立派なリスクである
noteに引き続き、スポーツ賭博を題材にしますが、本題はもっと広い経営の話です。法律が動くか動かないか分からない、規制がグレーな巨大市場に、経営者としてどう向き合うか。フィンテック、ヘルスケア、暗号資産、嗜好品。性格の似た市場はいくらでもあります。
こうした市場で、多くの経営者は「動かない」を選びがちです。法律が固まるまで待つ。リスクが見えるまで手を出さない。一見、堅実な判断に見えますが、何もしないこともまた、コストを払う選択なのです。市場が伸び続けるなか、待っている間に、機会は他社や他国へ流れていく。スポーツ賭博は、この「やらないことの代償」が金額ではっきり見えちゃう領域です。
■ 取らないリスク:流出し続ける機会
数字を見てみましょう。世界では日本のスポーツに年間およそ4.9兆円が賭けられています。そのうち約2.9兆円がサッカー。さらに日本の居住者が海外の違法サイトへ流す賭け金は約6.5兆円。これだけのお金が動いているのに、日本国内の合法なスポーツくじは令和6年度で過去最高でも約1,336億円にとどまります。
需要は世界にあり、日本のスポーツはその優良な対象になっている。なのに対価のほとんどが海外へ抜けている。「いつか取り返せる機会」はありません。海外のプラットフォームが先に若いファンを囲い込み、合法市場の主導権を握れば握るほど、日本企業があとから入る余地は狭まります。動かないことの代償は、毎年積み上がっています。
■ 取りすぎるリスク:一度の油断で退場する
ただし、逆方向のリスクも同じくらい現実的です。機会が大きいからと、規制の壁を甘く見て突っ込めば、企業ごと吹き飛びます。
国内でユーザー課金を原資にした賞金モデルを強行すれば、賭博罪に触れる。依存症対策を軽く見れば、社会から袋叩きにあう。過去には、1969年からの黒い霧事件がプロ野球の信用を揺るがし、2015年にも野球賭博問題が起きました。海外に目を向ければ、マカオのカジノは中国の規制強化でVIP賭博の収益が3年でおよそ半減しています。規制グレー市場では、踏み込みすぎた一度の油断が、それまでの利益をはるかに超える損失を呼びます。取らないリスクと取り過ぎるリスク。経営者は、この二つの断崖絶壁の間で舵を取ることになります。

■ だから、非対称に賭ける
では、どう判断するか。僕の考えは、賭け方を非対称にすることです。下振れを限定し、上振れを大きく取る。当たれば大きく、外れても致命傷にならない形にだけ、お金と時間を張る。
具体的には、こうなります。まず、いま合法な領域で確実に稼げる事業を本体に据える。次に、本丸(直接解禁)がもし、開いたときに最前列へ回れる布石を、本体を傷つけない範囲の小さなコストで打っておく。そして、踏み込みすぎれば致命傷になる領域(グレーな賞金モデルや、依存症対策の手抜き)には、どれだけ儲かりそうでも手を出さない。上振れは取りにいき、下振れは設計段階で断ち切る。この組み立てができるかどうかが、規制グレー市場での成否を分けます。
■ 先行各社の賭け方を、非対称性で読む
この見方で、先行プレイヤーを並べると、それぞれの賭け方がよく分かります。
サイバーエージェントのWINTICKETは、すでに合法な公営競技に絞り、確実に稼ぐ本体を作りました。2025年9月期の純利益は約55億円、競輪ネット投票でシェア約40%。下振れの小さい、手堅い賭け方です。
MIXIは、オーストラリアのPointsBetを買収して海外の合法市場へ出ました。2026年3月期のスポーツ事業は売上658億円超と伸びた一方、のれん償却で全社の営業利益は前期比で減ってしまってはおります。上振れを狙い、相応のリスクも取った賭け方です。
そして、海外資本のDAZNは、Jリーグと11年で最大約2,395億円の放映権契約を結びました。視聴収入だけでは説明しにくい規模で、将来この市場が動いたときに最前列へ回るための布石だと読む向きもありますが、海外のベッティング事業者向けのデータ提供者としての確固たる地位を築く経営判断ともいえそうです。確実に稼ぐ、上振れを取りにいく、将来の席を確保する。三社は、それぞれ違う非対称の張り方をしています。

■ 経営判断の、4つの物差し
規制グレー市場に向き合うとき、私は次の四つを自社に当てて判断します。
一、何もしなかった場合、毎年いくらの機会を失うか。金額で言えるか。 二、踏み込みすぎた場合、最悪でいくら失うか。それは会社が耐えられる額か。 三、いま打つ手は、外れても致命傷にならない範囲に収まっているか。 四、上振れを取りにいく布石を、本体を傷つけない小ささで持てているか。
二つ目の正確な金額を言えない経営は、たいていリスクテイクし過ぎます。三つ目を曖昧にしたまま走る組織は、いつか一度の油断で退場します。逆に、この四つに答えられるなら、規制が動かない市場でも、動く市場と同じだけ落ち着いて意思決定ができます。
■ 結論
スポーツ賭博は、見過ごすことの代償と、やりすぎる危険が、両方とも金額ではっきりと見える珍しい現場ですが、これと同じ構図は、規制がグレーなあらゆる市場に共通しています。待つのが堅実とは限らず、攻めるのが勇敢とも限らない。下振れを断ち切り、上振れだけを取りにいく。
この非対称な賭け方を組めるかどうかが、不確実な市場で伸びる経営と、機会を逃すか、吹き飛ぶかのどちらかになる経営とを分けると考えています。


