ベテランサラリーマンの処し方・生き方について(CEOブログ)

2026年2月、実務の安全網が外れた

定年後再雇用の賃金設計について、多くの企業が拠り所にしてきた経験則は、「定年時の6割を維持すれば違法にならない」というものでしたが、この目安が、判例で崩れました。

名古屋自動車学校事件です。原告の教習指導員2人は、60歳定年後に嘱託職員として再雇用された際、職務内容・責任・配置変更の範囲が定年前と同一であったにもかかわらず、基本給を月16〜18万円から7〜8万円へ、つまり半額以下に引き下げられました。一審の名古屋地裁(令和2年)、二審の名古屋高裁(令和4年)はともに「定年時の基本給の60%を下回る部分は不合理」とする一律の割合基準で違法と判断しました。

ところが最高裁は2023年7月20日、この「割合のみに着目する手法」を破棄し、高裁へ差し戻しました。基本給が年功給か職務給か職能給かといった支給目的・性質を個別に特定し、労使交渉の経緯も勘案すべきだ、という理由です。そして差戻審判決が2026年2月26日に出ています。名古屋高裁は約336万円の賠償を命じ、基本給はいずれも教習指導員の職務に対する給与の性質が大きいと認定したうえで、定年時の55%・57%を下回る部分を違法と判断しました(日本経済新聞・2026年2月26日報道)。

実務的含意は明確です。「6割を維持しているから安全」という一律基準は通用しません。皆精勤手当などの各種手当を一律不支給とすることも、職務が同一である以上は不合理です。企業は基本給・各種手当の減額理由を、支給目的に照らして個別に説明する責任を負う必要が出てきました。

役職定年には、別系統の法的リスクがあります

ここでは法的な射程を切り分けます。定年後再雇用は有期契約なので、パートタイム・有期雇用労働法第8条(同一労働同一賃金)が適用されます。一方、役職定年による役職離脱は、無期正社員に対する制度変更なので、適用されるのは労働契約法9条・10条の不利益変更法理と、人事権濫用の判例法理です。

ここで違法・無効とされやすいのが二つ。一つは「名ばかりポストオフ」、肩書きだけ外して役職手当を廃止しながら、実際の業務・意思決定権限・責任は従来どおり課し続けるケース。もう一つは、若返りの客観的必要性も人件費抑制の経営危機もないのに、就業規則を形式適用して大幅減給するケースです。労働契約法10条が求める「変更の必要性・内容の相当性・労使交渉の経緯」を満たせなければ、減給自体が無効になります。

この問題は、法務と意欲と人的資本の三正面です

役職定年の見直しは、法務リスクの話に偏りがちですが、現場で効くのは意欲と人的資本の側面です。ダイヤ財団等の調査が示すとおり、年収が変わらない層でも4人に1人が意欲を落とす。さらに、ベテランの暗黙知はM&Aの査定で「のれん」として値がつく経営資産であり、その流出はPMI(買収後統合)失敗の典型要因です。年齢一律のポストオフは、適法であっても意欲と人的資本を毀損しうる。三正面で設計する必要があります。

3つの選択肢を、Best/Worst/Most Likelyで評価する

A案:現行の年齢基準(役職定年・再雇用)を維持

  • Best:短期的に人件費の予見可能性は保てる
  • Worst:差戻審基準に照らした待遇差訴訟の頻発と、シニア意欲の崩壊
  • Most Likely:雇用継続給付の縮小に伴う実質人件費増と、若手への世代間不信の連鎖

B案:評価制度の改定なしに役職定年を一律廃止

  • Best:シニアの離職率が一時的に下がる
  • Worst:能力が陳腐化した高コスト人材のポスト占有と、若手・中堅の昇進機会喪失
  • Most Likely:高コスト体質が定着し、利益率を圧迫

C案:職務価値と成果に基づく役割等級制度・ポスト任期制への完全移行

  • Best:全世代が現在価値で評価され、意欲・人的資本・組織代謝が両立
  • Worst:移行期の評価エラーによる一時的な混乱
  • Most Likely:初期の制度設計・管理職教育コストは出るが、中長期で持続的成長軌道が確立

推奨はC案です。

致命的リスクの指摘:廃止それ自体は、解決策ではない

最も注意を促したいのは、役職定年の廃止を単体で解決策と誤認することです。評価基準と職務価値の連動がないまま一律に廃止すれば、能力が陳腐化した高コスト人材がポストを占有し続け、人件費が膨張すると同時に、若手・中堅の昇進機会を奪います。

定年制を完全廃止したYKKグループが、先行導入していた役割・成果主義人事を徹底適用し、職務価値に見合わない高賃金者の処遇引き下げが機能する仕組みをセットで整えているのは、このリスクへの備えです。「シニアを冷遇すれば若手の忠誠が壊れ、甘やかせば若手の機会が壊れる」。この二律背反を同時に解く道が、年齢ではなく現在価値で評価する設計です。廃止と評価制度は、必ず同時に動かす。

先進企業は、年齢基準から何へ移ったか

ダイキン工業は56歳到達時の自動的な賃金見直しを完全に廃止し、65歳まで現役と同じ資格等級・評価制度を適用。川崎重工業は役職定年制を廃止し、職務等級制度とポスト任期制で職務価値と報酬を一致させました。NEC(日本電気)は役職定年によるポストオフを廃止し、公募制度(ジョブポスティング)で自律的にポジションへ応募できる仕組みを構築。三菱UFJ信託銀行は再雇用制度内にシニアジョブコースを設け、職務定義書でミッションと処遇を連動させています。共通項は、年齢という属性から、役割と成果という現在価値への軸の移動です。

加えて、制度変更を「期待の表明」とセットにする効果も見逃せません。ある技術系メーカーは役職定年を廃止する際、高齢社員への期待と信頼を社内で明示し、エンゲージメント向上と技術継承を同時に進めました。マクルーハンっぽい言い回しをすると(笑)、制度はメッセージでもある、ということです。

5つの実務フレームワーク

年齢一律管理(As-Is)から現在価値共創モデル(To-Be)への移行に、実行すべき提言を5つ定義します。

  1. 50代前半からのキャリア伴走:50代後半での個別面談・キャリア研修が意欲維持に効くことは調査で確認済み。一人では備えられないシニアに伴走の仕組みを用意する
  2. 役職定年をポスト任期制へ置換:年齢ではなく職務価値と成果を基準に任期を設定(例:部長職は3年任期・最大2期)、業績・後継育成・DX適応の客観評価で再任を判定する
  3. シニア専用JD(職務定義書)の必須化:担当領域、期待成果(KPI)、付与権限(決裁範囲)、ナレッジ移転成果物、評価頻度・報酬反映ルールを網羅し個別締結する
  4. 再雇用者向け評価・報酬連動モデル(トータルリワード):Expert(高付加価値・成果連動の高水準処遇)/Mentor(育成インセンティブ)/Support(職務価値に見合う適正水準)の3区分で処遇する
  5. 年下上司へのマネジメント教育の義務化:曖昧な忖度を排した期待の明示、自己開示による緊張緩和、プライドを守る行動変容フィードバックを訓練する

盲点の指摘:制度設計だけでは、人は動かない

最後にひとつ。提言2から5は制度(ハード)の話ですが、小林氏の調査が示すとおり、役職定年は事前にどれだけ説明しても本人の準備行動がほとんど増えません。制度を整えるだけでは当事者の心理は動かない。

だからこそ提言1の伴走が要です。個別面談、キャリア研修、価値観の言語化。「次の役割を一緒に描く」プロセスを制度に組み込んで初めて、ハードの改革が意欲という果実を結びます。政府も2025年度から、教育訓練休暇中に賃金の一部を支給する制度を始めるなど、在職中の学び直しを後押ししています。制度改革と内発的なキャリア再設計の両輪が、移行成功の条件です。

年齢で処遇が決まるモデルから抜け、現在価値で処遇が決まる役割等級制度へ移行した企業だけが、持続可能な競争力を手にします。

次のアクション(チェックリスト)

  • オフ名古屋高裁・差戻審判決の基準に照らし、基本給・各種手当の支給基準(支給目的・性質)の法的妥当性を検証する
  • オフ名ばかりポストオフの有無(肩書きと実態の職務乖離)を点検する
  • オフ50代後半社員への個別面談・キャリア研修を制度として導入する
  • オフポスト任期制の運用ルールとシニア向けJDフォーマットを作成する
  • オフナレッジ移転を成果指標化し、Mentor区分の報酬に連動させる
  • オフ移行に伴う人件費・人的資本シミュレーションを経営会議で協議する

参考(主要出典URL)