インドの「1,800億回の衝撃」は、まだ序章だった。UPIが2,416億回に届いたいま、経営者が見るべきこと(CEOブログ)

以前、インドのモバイル決済システムであるUPIについて、「1,800億回の衝撃」というタイトルで寄稿させていただきました。

UPIは、インド準備銀行とインド決済公社が主導してきた国家規模の決済インフラです。スマートフォンを使い、銀行口座同士を即時につなぎ、個人間送金、店舗決済、公共料金、サブスク、投資、保険料支払いまで幅広く使われています。

当時は、年間1,800億回という数字だけでも十分に衝撃的でした。

ところが、2026年7月時点で統計を確認すると、その数字はすでに通過点になっていました。

インド政府がNPCIデータをもとに公表した資料では、FY2025-26のUPI年間取引回数は約2,416.2億回。年間取引金額は314兆ルピー。日次平均は6.6億回。3月の月間ピークは226.4億回です。

さらに2026年5月単月では、取引回数が約232.0億回、取引金額が29.90兆ルピーに達しました。

以前は「1年で1,800億回」という規模でした。

いまは「1か月で230億回」を超える世界に入っています。

ただし、経営者が見るべきなのは、決済回数の大きさそのものではありません。

本当に重要なのは、インドで「支払い」が、購買、本人確認、信用、税務、与信、サブスク、観光、越境消費、データ活用の入口になり始めていることです。

UPIは、単なる決済アプリではありません。

インド経済の下に敷かれた、新しい商取引のレールです。

なぜ、ここまで広がったのか

UPIの強さは、アプリの使いやすさだけでは説明できません。

大きな理由は、どのアプリを使っても同じ決済レールに入れることです。BHIM、銀行アプリ、サードパーティアプリのいずれからも利用でき、銀行口座間で即時に資金移動できます。

自社アプリへの囲い込みではなく、相互運用。

独自ウォレットではなく、銀行口座間の共通レール。

この発想が、UPIを露店レベルまで広げました。

さらに、その下には国家レベルの下準備があります。

インド政府によれば、金融包摂政策であるPMJDYによって、新たに開設された口座は、2026年2月時点で5.78億口座に達しています。また、国民識別番号であるAadhaarの発行数は、2026年5月末時点で約13.454億件、浸透率は94.43パーセントです。

本人確認、銀行口座、モバイル接続。

この3つが先に広がっていたからこそ、UPIは全国規模の決済インフラとして機能しました。

ここは、日本企業が特に見るべき点です。

UPIは、単独の便利サービスではありません。本人確認、口座、モバイル、決済、データが接続された産業インフラです。

普及を決めたのは、加盟店側の経済性

もう1つの重要な要因が、加盟店手数料です。

インド政府は、2020年1月以降、BHIM-UPIとRuPayデビットのMDR、つまり加盟店が負担する決済手数料をゼロにしたと説明しています。

2025年のインセンティブ制度でも、小規模加盟店のUPI取引2,000ルピー以下に対して、ゼロMDRと0.15パーセントのインセンティブを設定し、大口取引でもゼロMDRを継続するとしています。

これは非常に大きい。

キャッシュレス決済は、利用者だけを見ても広がりません。加盟店が使いたくなる条件になっていなければ、最後は現金が残ります。

日本では、いまでも中小店舗が決済手数料を理由に「現金のみ」を選ぶ場面があります。粗利率が低い商売では、数パーセントの手数料はかなり重いからです。

インドは、少なくとも銀行口座ベースの通常UPIにおいて、加盟店が現金を選び続ける理由をかなり小さくしました。

これは、顧客体験だけでなく、加盟店側の経済性を整えたことによる普及です。

ここに、日本のキャッシュレスとの大きな違いがあります。

日本は、利用者向けのポイント競争でキャッシュレスを広げてきました。

インドは、商取引の下部インフラとしてキャッシュレスを広げています。

この差は重いと思います。

決済は、会計処理ではなく顧客接点である

UPIのインパクトを決済面だけで判断するのは小さく捉えすぎです。

支払いの摩擦が下がると、初回購入のハードルが下がります。継続課金がしやすくなると、サブスクや会員制サービスの設計が変わります。取引履歴が残ると、与信、回収、税務、会計、不正検知にもつながります。

つまり、決済は「売上が立った後の処理」ではありません。

顧客接点の入口です。

この見方を持つかどうかで、インド市場での打ち手は変わります。

UPI AutoPayは、携帯料金、電気料金、保険、投資信託、OTT・エンタメ系サブスクなどにも使われています。これは、少額決済だけでなく、継続課金のレールにもなっているということです。

月額サービス、会員ビジネス、教育、保険、SaaS、デジタルコンテンツを展開する企業にとって、UPIは単なる支払い手段ではありません。

初回課金、継続率、解約率、再課金率に関わる経営テーマです。

日本企業への示唆

日本企業が見るべき打ち手は、大きく3つあります。

1つ目は、日本国内でのインド人観光客向け決済対応です。

NTTデータは2025年10月、NPCI International Payments Limitedと、日本国内加盟店でのUPI受け入れに向けた基本合意を締結したと公表しています。

今後、UPI受け入れが本格化すれば、百貨店、ドラッグストア、空港、鉄道、ホテル、飲食店、エンタメ施設、ライブ会場、テーマパーク、コンビニ、アニメ・ゲーム物販、地方観光地まで広く関係します。

決済できる店とできない店の差は、そのまま購入転換率の差になる可能性があります。

2つ目は、インド市場に入るとき、独自ウォレットや自社アプリへの囲い込みを前提にしすぎないことです。

インドでは、UPIに自然につながる体験の方が受け入れられやすい可能性があります。豪華なアプリを作り込むより、無料会員登録、有料転換、初回購入、継続課金、返金、再購入までの導線を軽くする方が効くかもしれません。

3つ目は、決済単体ではなく、周辺事業を見ることです。

決済履歴と本人同意に基づく金融データを組み合わせれば、与信、回収、保険、投資助言、キャッシュフロー分析、SMEファイナンス、経理自動化、不正検知など、多くの事業機会が生まれます。

日本企業にとっては、決済そのものを提供する会社になるより、決済の周辺で事業を作る方が現実的かもしれません。

加盟店向けOS、売上管理、精算・照合、経理自動化、不正検知、本人確認、与信、小口融資、サブスク管理、B2B回収。

このあたりには、まだ大きな余地があります。

経営者が見るべきもの

「1,800億回の衝撃」は、まだ序章でした。

UPIが2,416億回に届いたいま、経営者が見るべきなのは、決済回数そのものではありません。

支払いが軽くなった社会で、顧客接点、売上回収、データ、信用、継続課金がどう変わるのか、です。

決済を「会計の最後」と見る会社は、変化を見落とします。

決済を「顧客接点の入口」と見る会社は、次の事業機会を見つけます。

インドで起きていることは、遠い国のキャッシュレス化ではありません。

商取引の土台が変わっているという話です。

日本企業は、これを観察対象ではなく、事業機会として見るべき段階に入っています。