売上が上がる日に、LTVが削れていく「推し活経済圏」で経営者が見落としているコスト(CEOブログ)
7割が疲弊しているのは、経営判断の結果だ
推し活をしている人の約7割がモチベーション低下や精神的な疲労を経験している、というデータがあります。この数字を「それはファンの問題だ」と受け取るか、「自社の施策が引き起こしている結果だ」と受け取るかで、その後の経営判断が全く変わります。
私の見方では、7割疲弊の大半は企業側の意思決定に起因しています。過度なランダムグッズ、購入額によるランク付け、限定品の連発。これらは個々の担当者が悪意を持って実施しているわけではなく、単年度の売上目標という経営レイヤーの判断軸が、現場をその方向へ追い込んでいる結果です。ファンを疲弊させているのは、ファンではありません。
ARPUが跳ね上がっている月が、最も危ない
ARPU(ユーザー1人あたりの平均売上)が急伸する局面があります。限定コラボ品の発売、購入金額に応じた優遇イベントの開催、ランダム排出の新グッズ。数字だけ見ると「施策が当たった」ように見えます。
ただし、その上昇が「熱狂から来ているのか」「強迫観念から来ているのか」を分けて測定している会社が、私の見てきた範囲では、ほとんどありません。どちらも同じARPUとして計上されますが、3年後もそのファンが同額を使い続けているかどうかでは、まったく異なる結果に結びつきそうです。
強迫観念から払っているファンは、どこかで限界を迎えます。しかもそのタイミングは集団で来ることが多い。コミュニティ内で「もう疲れた」という発言が一定数を超えると、連鎖します。ARPUが良かった月の2年後に急激な離脱が来るというのは、エンタメビジネスの現場で繰り返されているパターンです。

なぜ感情温度が経営会議に上がらないのか
多くの企業で、経営会議のアジェンダに上がる指標は売上高、CPA、月次アクティブユーザー数です。ファンがそのコミュニティに対してどんな感情でいるかを定点観測している会社は、まだまだ少数派です。
理由は二つあります。ひとつは測定が難しいこと。定量化しにくいものは経営会議に上げにくい。
もうひとつは、測定した結果を判断に使う覚悟の問題です。感情温度が悪化していると分かっても、「では今期の売上目標はどうするのか」という問いに答えを持っていない限り、測定しないほうが楽です。

ただし、測定しないということは、崩壊のシグナルを見落とすということです。コミュニティの崩壊には必ず先行指標があります。SNSでのネガティブ言及の増加、自発的なUGCの減少、購入は続いているがコミュニティへの投稿が止まっている層の拡大。いずれも売上データには現れません。
売上が伸びている最中に、静かに進行しています。
実務として追うべき指標を整理するとこうなります。
ポジティブ言及とネガティブ言及の比率。インセンティブに依存しない自発的な二次創作・応援投稿の数。購入額は維持されているがコミュニティへの関与が落ちている「サイレント離脱予備軍」の規模。これらを月次で並べるだけで、コミュニティの温度変化が見えてきます。
「余白」を残すことの、財務的な根拠
前回のnoteで触れた判官贔屓(アンダードッグ効果)の話を、経営層にすると「未完成のものを出すリスクをどう管理するのか」という問いが返ってくることが多い。
財務的に整理するとこうなります。完璧な状態で世に出すためにかかるコスト(時間・予算)は全て先行投資です。回収できるかどうかはリリース後に初めてわかります。一方、開発途中の状態からコミュニティに開示し、ファンをプロセスの当事者として巻き込む場合、リリース前の時点でコアファンが既に存在し、彼らが自発的に発信を始めます。マーケティングコストの一部を、ファンの動きが代替します。
私が以前関わったIPプロジェクトで、開発中のラフ画や仕様の迷走、資金繰りの苦労まで段階的に開示した際、数百人のコアファンが自発的な発信者になりました。完成品を大量に宣伝するより、未完成のプロセスを共有する方がCPAを大幅に下げられる。余白への投資は、リスク管理の話ではなくマーケティング効率の話です。
コミュニティ担当者が経営会議に呼ばれない、という組織問題
多くの会社で、コミュニティマネージャーはカスタマーサポートの延長線上に置かれています。クレーム対応や問い合わせ対応と同列に扱われ、経営会議に呼ばれることはありません。
ところが、推し活ビジネスにおいてコミュニティの健全性はブランド価値に直結します。ファンがそのコミュニティをどう感じているかが、LTVを左右します。この意味では、コミュニティ担当者はブランド戦略の最前線にいます。
経営陣に問いたいのは一点だけです。「自社のコミュニティ担当者は、月次の売上目標を追うチームと対等に議論できる立場にいるか」。
答えがNoであれば、感情温度を経営判断に反映させる経路が組織内に存在していない、ということです。構造的にLTVを毀損し続ける体制になっています。
経営者が今期中に問い直す、3つの判断軸
最後に絞り込みます。
「今期の施策が、ファンの強迫観念に依存した売上を作っていないか」。ARPUが上がっている時ほど、この問いを立てる必要があります。
「完成度への投資と、プロセス開示への投資の比率は適切か」。ほぼすべての会社で前者に偏っています。後者への投資は社内で通りにくいため、経営トップが判断軸として明示しておかないと、現場は動けません。
「コミュニティの感情温度を示す指標が、経営会議のアジェンダに入っているか」。入っていないなら、今期中に入れる。それだけで意思決定の質が変わります。
推し活市場で長期的に勝つのは、LTVを最大化できる会社です。短期の売上と長期のLTVが相反する局面は必ず来ます。
その時に経営トップが明示的な判断を下せるかどうか。外部環境の追い風がある今だからこそ、その問いを後回しにすべきではありません。


