地政学は「他国の話」ではない。経営カレンダーに組み込む時が来た(CEOブログ)

アメリカでは、22歳のMIT中退者が評価額18億ドルの防衛スタートアップを作り、新興企業の極超音速ミサイルが構想から4ヶ月で飛ぶ時代になりました。これをニュースとして消費するのは簡単です。

ただ、私が経営者として引っかかっているのは、「こういった変化を引き起こした本当の原因は何か」という問いのほうです。


                           マッハ・インダストリーズ

                           キャステリオン

ディフェンステックの狂騒は、地政学が「企業化」した証拠

ウクライナ侵攻、中東紛争の長期化、インド太平洋での大国間競争。これらの地政学的緊張が直接的な引き金となり、米国防総省は調達基準を根本から変えました。その結果、スタートアップが防衛市場に参入できるようになり、VCが兆円単位の資金を投じ、22歳の若者がユニコーン企業を作るという現象が起きています。

地政学的な出来事が、民間企業の競争優位を作り替えた。これを「地政学の企業化」と言うそうです。

自分も、ちょうど数日前のラストライブが大きな話題となった大人気グループの海外コンサートを担当していた時代、アジアツアーの一環として企画したタイ公演が、2度ともクーデターによって中止となったことがあり、それなりに揉まれた経験があることを思い出しました。

「地政学は大企業・国家の話」という感覚は、すでに過去のものです。


                  地政学リスクの3つの波及経路 ─ サプライチェーン・調達ルール・人材


3つの経路が同時進行する

上の図をご覧ください。地政学リスクが企業経営に到達するルートは、大きく3つあります。

サプライチェーンの寸断・再編。

最もわかりやすい経路です。中国依存の部品調達が突然使えなくなる、レアアースの輸出規制がかかる、物流ルートが断絶する。製造業に限らず、デジタルサービスでさえクラウドのデータセンター立地や半導体調達を通じて、このリスクに晒されています。

調達ルール・制度基準の変更。

これが最も見落とされやすい経路です。防衛装備庁のファストパス調達、米国のOTA、EUの防衛投資優遇…。制度変化は既存プレーヤーの優位性をいきなり無効化します。「うちは防衛産業と関係ない」では済まない。補助金・許認可・入札制度のルール変更は、どの業界でも起きるものです。

人材・技術の流動加速。

米国では現在、AndurilSaronicといったディフェンステック企業がGoogleMetaからトップエンジニアを大量に吸収しています。「ミッションドリブンな動機付け」を武器にした採用競争です。地政学的な緊張が「どの産業が社会的意義を持つか」という価値観を変え、人材の流れを変えます。

3つの経路は独立して動くのではなく、同時に進行します。そしてその速度は、かつての「10年単位」ではなく「数ヶ月単位」になりつつあります。


日本の経営者が地政学を軽視してきた理由

構造的な問題として、日本の経営者が地政学リスクを経営判断に組み込んでこなかった背景があります。

冷戦終結後の約30年間、日本企業は「平和の配当」を享受してきました。地政学的な緊張が低い時代に最適化されたビジネスモデル(グローバルなサプライチェーン、中国へ市場の依存、低コスト生産拠点の活用)が競争優位の源泉でした。

しかし2022年以降、その前提が崩れました。

問題は、30年間の習慣が残っていることです。「地政学リスクはリスク管理部門が見ている」「IR資料に記載はある」。そういう対応で済ませられる時代ではなくなっています。


「地政学リスクカレンダー」の作り方

では、どう経営に組み込むか。複雑に考える必要はありません。まず「発生確率」と「自社への経営インパクト」の2軸で、リスクを4象限に分類することから始めます。


                   地政学リスクカレンダー ─ 発生確率 × 経営インパクトの4象限


上の図の見方は単純です。自社に関係する地政学的イベントを洗い出し、それぞれを4象限に配置する。これを6ヶ月に一度見直す。それだけです。

重要なのは「最優先モニタリング」象限(高確率×高インパクト)に何を置くかです。多くの日本企業にとって現時点でここに入るのは、台湾有事による半導体・電子部品調達の寸断、防衛費増額に伴う調達基準変更の業種横断的な波及、米中デカップリングの深化によるビジネスモデルの強制変更、この3点が最低限です。

「機会転換ゾーン」(高確率×低インパクト)も見落とせません。脅威としてではなく、機会として取りに行ける地政学変化がここに入ります。防衛関連補助金の拡充、国産化支援スキームの登場、新市場の形成…。小さく参入して学習コストを下げる動き方が有効です。

一方で「経過観察ゾーン」(低確率×低インパクト)に対して過剰な対応コストをかけないことも同様に重要です。「地政学を織り込みすぎた経営」は、不必要なリスク回避と機会損失を生みます。


致命的リスクの指摘:「地政学感度が高い経営者」の落とし穴

ここで一点、厳しい指摘を自戒も込めて書きます。

地政学リスクへの感度を上げた経営者が陥りやすい罠があります。「地政学的悲観論への固着」です。

リスクを正確に認識すると、どうしても防衛的な意思決定に偏ります。投資を絞る、海外展開を止める、新規事業を凍結する…。しかし、ディフェンステックが証明したのは逆で、地政学的緊張は「新しい市場と調達ルールを生み出す機会」でもあります。

リスクカレンダーの目的は「守り」ではなく、「先に動くための判断根拠を持つこと」です。脅威と機会を同じフレームで見る習慣こそが、地政学を経営に組み込む本来の意味だと考えています。


締めに代えて

私がセグレト・パートナーズとして関与する投資・経営コンサルの現場で、地政学的変化を「KGI算定の前提条件」として扱うようになったのは、ここ1〜2年の話です。

正直に言うと、まだ試行錯誤の途中で、リスクカレンダーの精度も、象限の定義も、まだ発展途上です。

ただ確信していることが一つあります。「地政学は専門家に任せておけばいい」という経営判断は、もう通用しない。それだけです。



*本稿はセグレト・パートナーズ代表・種田慶郎の個人的な見解に基づくものです。投資・経営判断に際しては、個別の状況に応じた専門的なご検討をお勧めします。