創業者の経歴をどう査定するか(CEOブログ)

買収先の創業者が元プロのバスーン奏者だったとき、我々はそれをどう加点するのか

2020年、Equinixはベアメタル型クラウドのPacketを3億3500万ドルで買収しました。創業者はザックとジェイコブのスミス兄弟、双子です。ジェイコブはテンプル大学でバスーン演奏の修士号を取り、フィラデルフィア室内管弦楽団で第2バスーンを務めていました。ザックも同じくクラシック音楽の出身で、二人とも自分の音楽時代を「失敗したキャリア」と表現しています。

ここで実務の問題が立ち上がります。買収検討の資料に「創業者は元プロのバスーン奏者」と書いてあったとき、投資委員会はそれをどう扱うのか。加点なのか、減点なのか、ノイズとして無視するのか。多くの会社では、この項目は雑談として消費されて終わります。しかし創業者依存度の高い企業を買う場合、あるいは経営人材を採る場合、我々は結局のところ人物の判断を下しているのであって、その判断基準が言語化されていないだけです。

本稿では、若い頃に音楽を職業にしようとした後、別分野で創業したケースを材料に、創業者の非事業経歴を査定にどう組み込むか、そしてどこで組み込んではいけないかを整理します。

対象とした会社は領域がばらけています

対象は、レコード契約、オーケストラでの有償演奏、音楽大学の修士取得など、音楽を職業にする現実味が裏付けられる人物に限りました。「学生時代にバンドをやっていた」水準は外しています。

到達した業種は、コーヒー焙煎、ファッション、家電、EC、医療機器、決済以外のSaaS、データセンター、サイバーセキュリティ、外食チェーン、AIモデル開発と、意図的にばらけています。音楽の人脈が活きる音楽産業やエンタメ隣接での成功は除外しました。人脈の連続性ではなく、能力の転用可能性を見たいからです。

主な事例を挙げます。

人物音楽時代到達点
ジェームス・フリーマンクラリネット演奏の修士、19年間の演奏活動Blue Bottle Coffee創業、ネスレ傘下
スティーブン・ミッケルセンレコード契約を持つ2バンドのフロントマンFarapulse創業、ボストン・サイエンティフィックが買収
ヨニー・ヨハンソンCBSと契約、1stアルバム録音中に脱退Acne Studios創業、年商2億ユーロ超
前澤友作Switch Styleのドラマー、BMG JAPANでメジャーデビュースタート・トゥデイ創業、ZOZOTOWN
キャロライン・ウィネットプロのコンサート・ヴァイオリニストNeuroFocus共同創業、ニールセンが買収
レイ・クロックジャズピアニスト、ラジオ局の音楽ディレクターMcDonald'sを世界企業へ
寺尾玄大手レーベルとの契約と破棄、約10年の活動バルミューダ創業、東証グロース上場

最初に潰しておくべきなのは、因果関係の誤読です

この種の事例集がもっとも危険なのは、読んだ側がシンプルに「音楽経験のある創業者は成功しやすい」と要約してしまう点です。今回は、成功した人物を後から探して並べたものであって、母集団は取っていません。音楽を職業にしようとして諦めた人の大多数は、普通に従業員として働いています。

この誤読の危険性は、音楽と認知能力を扱った行動遺伝学の研究がそのまま示しています。男性の双生児1,336人を対象にした研究では、音楽的適性と18歳時点の言語能力に関連が確認されました。ここまでを読めば「音楽教育は言語能力を高める」と言いたくなります。

ところが同じ研究で、双生児のペア内で音楽訓練量の差を比較したところ、幼少期の音楽訓練が言語能力を高めるという因果関係は支持されませんでした。関連の説明の50%は共有された遺伝的要因です。つまり、もともとの適性が音楽への傾倒と言語能力の両方に効いていた可能性のほうが高い。

経営の現場で我々が日常的に犯しているのは、まさにこの誤りです。優秀な人材にある属性が共通して見つかったとき、その属性を採用基準に据える。実際には、その属性と成果の両方を生んでいる別の要因があるだけかもしれません。体育会系の採用、特定大学の偏重、留学経験の加点。いずれも同じ形をしています。

それでも経歴から読み取れるものはあります。ただし読むべきは属性ではなく行動です

因果が言えないからといって、経歴を読む価値がないわけではありません。読むべき対象を、属性(音楽をやっていた)から行動(何年、どういう条件下で、何を続けたか)へ移せば、査定に使える情報が残ります。

今回の対象から抽出できる、検証可能な行動は3つです。

第一に、報酬が出ない期間の長さです。 ジェイコブ・スミスは14歳から数千時間を練習に費やしたと自ら書いています。ジェームス・フリーマンは19年間クラリネットを続け、2001年1月の演奏を最後に降りました。ここで見ているのは音楽の才能ではなく、成果が出ない期間にどれだけ手を動かし続けられるかという耐性です。これは面接で確認できます。何年やったか、その間の収入はどうしていたか、やめる判断はどう下したか。

第二に、定量指標のない領域で判断を積んだ経験です。 音楽には営業利益率にあたる絶対の指標がありません。最後は「こちらのほうがいい」と決めるしかない。今回の1対象起業家が作った企業に、Blue Bottle、Acne Studios、バルミューダ、Typeformのように、仕様の比較では説明しにくい価値を売る会社が多いのは、この経験と無関係ではないと考えています。自社が価格と仕様で勝負する事業なら、この項目の重みは下がります。ブランドや体験で勝負する事業なら上がります。査定の重み付けは、買い手側の事業特性で変わります。

第三に、拒絶の累積です。 ジェシー・イツラーはレコード契約に至るまで15社から断られています。ヨニー・ヨハンソンはデビュー直前に自分のバンドから外されました。ここで確認すべきは「断られた回数」ではなく、断られた後に条件を変えて再度出したかどうかです。同じものを出し直したのか、直して出したのか。この差は、PMI後に方針変更を受け入れられるかの予測材料になります。

やめた判断の質は、続けた年数より重要です

査定の観点でもっとも有用なのは、実は始めた話ではなく、やめた話です。

サイバーセキュリティ企業Coroの共同創業者ドロール・リワーは、イスラエル国防軍でCIOを務めた後、テルアビブ大学で音楽学を専攻し、プロを目指しました。そして本人の表現によれば、ミュージシャンであることと金を持っていることは互いに排他的だと早い段階で気づき、これは職業ではなく趣味として持つものだと判断して、自分にできること、つまり技術チームを率いて製品を作ることへ戻りました。

マット・マレンウェッグは、高校時代に収入の過半を演奏で得ていながら、学校には本物の天才が何人もいて自分は一番ではないと述べ、次第に結論がはっきりしたと語っています。レイ・クロックは1924年、音楽の職業としての先行きに満足できないと判断してセールスへ移り、そこからマクドナルド兄弟のハンバーガーショップに行き着くまでに30年かけました。

これらに共通するのは、感情ではなく見通しで降りていることです。自分の相対的な位置、その職業の収益の見通し、必要な投入時間を測ったうえで、撤退を決めている。この判断ができる人物は、自社の事業でも同じことができる可能性が高い。逆に、音楽から撤退した理由を語れない、あるいは他責でしか語れない創業者は、事業でも撤退判断を先延ばしにする傾向を疑ってよいと考えています。

デューデリジェンスの面談では、成功体験ではなく撤退体験を聞くべきです。何を、どういう基準で、いつやめたか。この質問は業種を問わず使えます。

査定への組み込み方を整理します

以上を、実際の評価表に落とすと次のようになります。加点対象は経歴そのものではなく、経歴から確認できる行動です。

確認項目何を聞くか何に効くか
無報酬期間の長さ何年続けたか、生活費はどう賄ったか立ち上げ期の耐久力
撤退の判断基準何を測ってやめたか不採算事業の整理速度
拒絶後の修正断られた後、何を変えて出し直したかPMI後の方針転換への適応
定性判断の経験指標のない場面でどう決めてきたかブランド・体験型事業の運営
共同創業者との関係の起点どこで、どういう関係だったか経営チームの結束と離散リスク

最後の項目を加えたのには理由があります。Moonshot AIの共同創業者は、楊植麟が清華大学で組んでいたバンドのメンバーです。Packetは双子の兄弟です。ZOZOの前身であるスタート・トゥデイの事業は、前澤友作氏が自分のバンドのライブ会場で輸入レコードを手売りしたところから始まっています。創業チームの結束が事業の外側で形成されている場合、結束は強い一方で、外部から招いた経営人材が中枢へ入れないという副作用が出ます。買収後に自社から役員を送り込む前提であれば、ここは加点ではなく要注意事項です。

シナリオ分析

創業者の非事業経歴を査定に組み込んだ場合の帰結を、3通りで置きます。

Best|評価軸が1本増え、面談の質が上がる 撤退判断や無報酬期間の質問が定着し、経歴書の空白期間を減点ではなく情報として読めるようになります。従来なら見送っていた人材や案件のうち、一定数が拾えるようになります。効果は採用と少額買収で先に出ます。

Most Likely|運用は属人化し、一部の面接官だけが使いこなす 評価表を配っても、行動を掘る質問は訓練が要ります。実際には、この観点を理解した数名の面談だけ精度が上がり、全社の平均は動きません。それでも投資委員会の議論に「創業者の撤退判断の質」という項目が1行入るだけで、キーマンリスクの評価は現在より改善します。

Worst|属性の加点へ退行し、採用基準として運用される 最悪の展開は、「音楽経験あり」を加点項目として運用してしまうことです。これは因果の誤読であるだけでなく、業務との関連性を説明できない属性による選別として、法務上の指摘を受ける余地があります。趣味や出自に近い属性を評価表に載せた瞬間に、この危険が発生します。載せるのは行動であって属性ではない、という一線は明文化しておく必要があります。

リスクの指摘

今回の考察対象には、経営判断を誤らせる危険が3つあります。

第一に、物語の後付けです。 本稿で引いた事例の大半は、成功した後に語られた回顧です。フリーマンの「細部を追い込む姿勢はクラリネットの頃から変わらない」という筋立ては、本人が後から整理した説明であって、創業時点でそう考えていた証拠ではありません。デューデリジェンスの面談で創業者が語る自己分析も、同じ性質を持ちます。語りの整合性の高さは、経営能力の高さではなく、語りの訓練量を示している可能性があります。

第二に、代替仮説の見落としです。 音楽を10年続けられた人物には、多くの場合それを許容する家庭の経済的余裕がありました。無報酬期間の長さを耐久力の証拠として読むとき、我々は資産背景を耐久力と読み違えている可能性があります。この点は、本人の耐性ではなく後ろ盾の厚さを見ている恐れがあるという意味で、投資判断を直接歪めます。生活費をどう賄ったかを必ず確認すべきなのはこのためです。

第三に、数値の検証を怠る誘惑です。 今回の調査で、ある人物について過去に立ち上げた2社の評価額が160億ドルと50億ドルに達したという記述が複数の媒体に出回っていました。一次情報にあたると、確認できる評価額は直近の会社の7億5000万ドルまでで、桁が2つ違います。経歴が魅力的な人物ほど、その周辺の数値は検証されないまま流通します。創業者の物語が魅力的であるほど、財務の検証は厳しくすべきです。順序が逆になった案件は、ほぼ例外なく高値掴みになります。

現状と目標の差分

多くの会社の現状(As-Is)は、創業者評価が「実績」と「印象」の2項目で運用されている状態です。実績は財務諸表から取れますが、印象は面談者の主観で、言語化されないまま投資委員会の空気に影響します。

目標(To-Be)は、印象の部分を行動の記録へ置き換えることです。何年続けたか、何を基準にやめたか、断られた後に何を変えたか。これらは主観ではなく確認作業の結果であり、記録に残せます。

移行の手順は3段階で足ります。

第1段階として、既存の創業者面談の質問票へ撤退経験の項目を1つ加える。

第2段階として、直近3年の投資・買収案件を振り返り、うまくいかなかった案件の創業者が撤退判断をどう下していたかを事後的に整理する。

第3段階として、その相関が自社の案件で確認できた場合のみ、正式な評価項目へ昇格させる。

自社のデータで検証してから制度に載せる、という順序を守ることが、Worstシナリオを避ける唯一の方法です。

明日から検討できる論点

論点1|自社の創業者面談・経営者面談に、撤退経験を問う質問が入っているか。 入っていない場合、「これまでに自分の意思でやめた取り組みと、その判断基準」を1問加える。所要は面談時間の5分です。

論点2|自社の事業は、定性判断の巧拙がどれだけ利益に効くか。 価格と仕様で勝負する事業なら、本稿の観点の重みは低く設定してよい。ブランドや体験で勝負する事業、あるいはこれから移行しようとしている事業なら、重みは上げるべきです。この重み付けを決めていないまま人物評価を行うと、面談者ごとに基準が割れます。

論点3|買収候補の経営チームは、事業の外側で結束していないか。 学生時代の仲間、家族、同じ楽団や同じ部活。結束が強いこと自体は良いのですが、外部から送り込む役員が中枢に入れるかどうかは、買収前に確認すべき事項です。入れないと判断した場合、のれんの回収期間を延ばすか、価格を下げるかのどちらかになります。

論点4|経歴の華やかさと、財務検証の厳しさが反比例していないか。 直近の案件で、創業者の物語に説得力があった案件ほど、数値の検証工数が少なくなっていないかを確認する。逆相関が出ていれば、審査プロセスそのものに弱点があります。

論点5|属性ではなく行動を評価する、という一線が文書化されているか。 評価表に趣味や出自に近い項目を載せない。載せるのは、確認可能な行動と、その行動が自社の職務にどう関連するかの説明です。ここは法務と人事の双方で確認しておくべき箇所です。