「全部変えた」企業は、なぜ支持を得られないのか?——Nikeから学ぶ、変革の順序 (CEOブログ)

Xで話題となっていた小川貴之さんの「Nikeに何が起きたのか ー 株価75%下落の構造を読む」というポスト。肌感では感じていたことが、改めて分かりやすく明文化されていて、たいへん興味深く拝読しました。

https://x.com/ogw_tkyk/status/2040231943556808736?s=20


せっかくなので、この事例をファッション業界の外に広げて、toC・toBビジネス全般に応用できる形で自分なりに整理してみます。


あなたの会社は、去年いくつ変えましたか

チャネル、マーケティング、プロダクト、組織。

経営会議で「変革」という言葉が出るとき、たいていは複数のテーマが同時に並んでいます。それぞれに正しい理由があり、それぞれに担当者がいて、それぞれにKPIが設定される。全部やる。同時に。

おそらく、その判断のどこかに落とし穴があります。


Nikeに起きたこと

2021年のピークから2026年4月現在まで、Nikeの株価は約75%下落しています。2014年以来の最低水準。2024年6月には一日で時価総額280億ドルが消えました。

原因を探ると、単一の失敗ではなく、「合理的な判断」の束が重なって起きた構造的な崩壊だとわかります。

2020年に就任したCEOのドナホーは、DTC(直接販売)への急転換、マーケティングのデータドリブン化、レトロモデル依存の製品戦略、カテゴリー別組織の解体を、ほぼ同時に断行しました。

個別に見ればどれも筋が通っています。DTC化すれば利益率は上がります。デジタル広告は効果測定が容易です。定番モデルには売れた実績があります。大きな組織は効率的に動きます。

でも、同時にやった結果、顧客の頭の中から「Nikeらしさ」が消えました。ブランド調査によれば、認知率は94%のまま。「知っているけど、買いたくない」という状態です。空いた店頭の棚には、OnとHokaが入りました。この2社だけで4年間に約30億ドルの売上——Nikeが2週間の広告費と同等の予算で、です。

強いブランドでも、複数の軸を同時に変えると、顧客は「これって何のブランドだっけ?」と感じ始め、静かに、しかし、確実に離れていくものなのだと思います。

そういえば、下の写真左の家具屋の社長さんなんかも、思い切った経営判断で、迷走しちゃって身売りに至った代表例ですね。覚えていらっしゃいますか?


これはファッション業界だけの話ではない

同じ構造の罠は、業種を問わずどこにでもあります。

チャネルの話

toCでは、スーパーや量販店の棚を捨てて自社ECに集約した瞬間、「偶発的な出会い」が消えます。買おうと思っていなかった顧客が手に取る機会が、根こそぎなくなってしまいます。toBでは、代理店網を解体してインサイドセールスに集約すると、市場カバレッジが一気に落ちます。しかも代理店が持っていた現場のインサイトも、一緒に消えてしまいます。

マーケティングの話

toCで認知投資を止め、獲得型広告だけに振り切ると、新規の「指名検索」が枯渇していきます。今月のCPAは良く見えますが、半年後に新規流入が細っていることに気づく、というパターンです。toBでカンファレンス登壇や専門誌での発信(ソートリーダーシップ)を止めると、市場での「権威」が薄れ、価格競争に引き込まれやすくなります。

プロダクトの話

toCで過去のヒット商品のマイナーチェンジに依存し続けると、競合の新技術・新素材に対して徐々に見劣りしてきます。toBでレガシーシステムの保守に終始し、機能拡張を止めると、顧客の新しい業務課題に答えられなくなっていきます。

組織の話

専門チームを汎用的な大部門に統合すると、特定の顧客層への解像度が落ちます。toCなら趣味や嗜好ごとの細かなニーズ、toBなら業界固有の課題を理解する力が、組織からじわじわ消えていきます。


「変えないこともリスクだ」という、当然の反論

もちろん、ここでエクスキューズを入れておきます。

「変えすぎるな」という話をすると、「じゃあ現状維持でいいのか!」という誤読が生まれやすくなります。そうではありません。市場が変化している以上、現状維持は長期的な衰退を意味します。Nikeの失敗は「変革したこと」ではなく、「複数の変数を同時に変革したこと」にあります。

では、市場が急激に変化していて、待てない場合はどうするか。

そのときは、別ブランド・別会社(スピンオフ)として展開するという選択肢があります。本体のブランドエクイティを守りながら、新しい変数を思い切り試せます。トヨタがレクサスを別ブランドとして立ち上げたのも、本質的にはこの発想ではないでしょうか。

整理するとこんな感じです。

  • 市場が安定しているなら:変える変数は一度に一つ。小さく試して、データを確認してから全体展開。
  • 市場が急変・ディスラプトされているなら:本体とは切り離したスピンオフで変革を試みて、本体のブランド資産は守る。

実践的に何をするか、3つだけ

① 変える変数を、一つに絞ること

新しいチャネルを開拓するなら、売るものは既存の実績ある商品・サービスにする。新しいプロダクトを出すなら、まず既存の販売網を使う。チャネルと商品と組織を同時に変えると、「何が効いて何が効かなかったか」が永遠にわからなくなります。変数を分離することは、実験としての精度を保つことでもあります。

② 短期の数字と、長期の資産を同じ画面で見ること

広告のCPAやCAC(顧客獲得コスト)を毎週確認するのは大切です。ただそれだけでは足りません。指名検索数の推移、NPSやブランド好意度といった「遅行指標」を同じダッシュボードに並べて見る習慣が必要です。前者は週次で動きますが、後者は半年〜1年かけてじわじわ変化します。気づいたときには手遅れ、というのがいちばん怖いパターンです。

③ 現場の声が届くルートを、意図的に残すこと

効率化のために代理店を整理したり、専門チームを統合したりするとき、一緒に「現場の一次情報が入ってくるルート」も消えてしまいます。これは意図的に設計しないと残りません。月に一度、顧客接点の最前線にいる人と話す場を作るだけでも、見える景色はかなり変わります。組織図上の効率と、情報の流通は、別の問題として管理するのがよさそうです。


変革の順序が、事業の寿命を決める

何を変えて、何を変えないか。

その判断は、派手な戦略スライドには出てきません。地味で、目立たなくて、でも事業の成否を静かに左右するもの。

Nikeのマイナス75%という数字は、「全部同時に変えちゃいました」という意思決定への、市場からの返答だと思います。

変革は必要です。ただし順序がある。一度に動かす変数を意図的に絞ること、そして動かさない変数を、能動的に守ること。

言葉にすると簡単ですが、経営の現場ではなかなか難しい…。Nikeを見ていると、あらためてそう感じます。